人間をとる漁師(8月28日礼拝)


人間をとる漁師(8月28日礼拝)

ルカによる福音書5章1節~11節

要旨

  ゲネサレト湖(ガリヤラ湖)の北西湖畔にあるカファルナウムにシモン・ペテロの家があり、イエスはそこに逗留していた。
イスラエル旅行007

 そもそもシモンの兄弟アンデレが、バプテスマのヨハネの弟子であった時から縁があり(ヨハネ1:35)、また妻の母(姑)の病を癒して頂いた(ルカ4:38)という義理もあった。
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 「沖に出て漁をしなさい」とのイエスの言葉は迷惑だった。プロがベストを尽くし、徹夜して成果が無く、網の手入れという面倒な作業も終えて、「さあ帰って寝よう!」というタイミングだったのだから。しかしペテロは、「だけど先生よ。(面白いじゃないですか)。お言葉に乗って網を降ろしてみましょう」と答え、実行した。(そうなった理由を思い巡らしてみましょう)。
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 すると驚くべき大漁となった。有り得ないことである。ペテロは、「このお方は我々と存在のレベルが違うお方だ」と直感し、「私のように罪深い者から離れて下さい」と言った。しかし、イエスは離れなかった。
 そして、「お前は、人間を生け獲る漁師になる」と召命の声をかけられた。
 イエス様こそ、ペテロを「獲る」ためにどれだけ伏線を準備し、仕掛けをして、そのタイミングを計っておられたことか! そのようにペテロも、人々を漁る者となるのだ。
 それはイエスの弟子となって、自分自身が人として作られれた生き方に相応しい者に変革させられていく。そのなかで人の漁り方も教えて頂くのだ。そのように漁られた人が、今度は自分が漁る者となる。福音はそうやって、日本の私たちまで伝わって来た。simon-peter