イエス様は根本を見失わない(9月25日礼拝)


イエス様は根本を見失わない(9月25日礼拝)

ルカによる福音書4章1節~13節

要旨◆◆
 公職にある者が、自らの使命を踏み外して、賄賂を取ったりすれば社会は傾く。
 イエス様が担っておられるものは、「使命」という言葉でも言い足りない。だから、「根本」という言葉で言い表してみた。その「根本」とは、巨大建造物が、地面に対して垂直に建っているのと似ている。
 建物が巨大であるほど、0.1度の狂いも許されない。シンプルな下げ降りによってその垂直は知られる。しかしそれは自然現象に過ぎず、そこに意志などない。
 イエスは生身の人間として、ご自分の自由において“垂直”を守って下さった救い主だ。悪魔の誘惑の場面には、そのありさまが鋭く描かれている。
 イエスは特別な意味で神の子“なのだから”何をしたってかまわない。この悪魔の見解の前半は正しいが、後半は、イエスにとっては間違っていた。人として、父なる神に対してのみ従順であられた。それは、イエスが父を愛し、ご一体であるからこそそうできた。人祖アダムの失敗をリカバーすることができたのだ。
 そして、悪魔を1回だけでも拝むなら、世界の権力を与えよう、という誘惑。もしこの密約にイエスが乗っていたら…? ハレルヤ!そうはなさらなかった。
 どんなに外から良く統治されても。人の内面は変わらない。そうではなく、魂の奥底から変革し、それが外にまで表れるようにして下さるのが神のやり方で、それは、イエスご自分が十字架にかかって下さることによってのみ道が開かれた。
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