罪を赦す権威のある方――屋根から降ろそう(11月13日礼拝メッセージ)


(33分)
罪を赦す権威のある方――屋根から降ろそう(11月13日礼拝メッセージ)
 
ルカによる福音書5章17節~26節


屋根から降ろそう002


屋根から降ろそう001


屋根から降ろそう003


屋根から降ろそう004


屋根から降ろそう005


屋根から降ろそう006

屋根から降ろそう007

◆要 旨
 「屋根から降ろそう」とでも名付けるべき場面です。

 苦しんでいる友人を助けてやって欲しいと4人が、屋根に穴を開けて(!)、寝たきりの友人を床ごとイエスさまの前に吊り降ろす。
 家に人が詰めかけて、寝かせた人を運び込むなんてできそうにない具合だし、パレスチナの家屋の構造上、平らな屋上に着目するのは自然なことだったとはいえ、常識を打ち破ってでもイエスのところにお連れした実行力は天晴れでした!

 中風で寝たきりの人に「起きて歩け」と言うのと、「罪は赦された」と言うは、どちらも難しい。罪の赦しは目には見えない。しかし、歩けるようになるかは一目瞭然です。シーソーの片方に罪の赦しを乗せ、もう片方に奇跡的な癒しを乗せて、罪の問題の“重さ”を推し量り得ることでしょう。

 しかし何より、「あなたの罪は赦された」と言われた本人の内側には、その重さと共に、赦しのありがたさを噛みしめたことでしょう。
 奇跡的な癒しも罪の赦しも、神に由来する真の意味でのエクスーシア(権威、10/30参照)の表れです。しかし、イエスにとっては、私たちの永遠のいのちを決する罪の赦しの方がはるかに大事な事柄なのです。

 また、罪の赦しは、ご自身が十字架において身代わりとなられる犠牲において実現したことを私たちは忘れてはならないことでしょう。私たちは日々、そのことを感謝に覚えつつ、神と隣人に仕えて力いっぱい生きていくことができるのです。